障害福祉事業のM&A|譲渡側が押さえる手法・指定の取扱い・行政手続

障害福祉事業のM&A|譲渡側が押さえる手法・指定の取扱い・行政手続

障害福祉事業のM&Aでは、引き継ぐのが法人そのものか、特定の事業所かによって手法が変わります。株式譲渡・持分譲渡であれば法人格は変わらないため指定はそのまま残り、事業譲渡や会社分割では指定の扱いが異なります。令和6年6月21日の事務連絡により、一定の場合には事務の簡素化と実績の通算が認められています。

  • 法人ごとか事業所ごとかで選べる手法が変わる
  • 株式譲渡・持分譲渡なら指定はそのまま残る
  • 令和6年6月21日の事務連絡で事務の簡素化と実績の通算が示された

この記事で分かること

障害福祉事業のM&Aを、事業所を手放す側(譲渡側)の視点から整理します。株式譲渡・事業譲渡・合併・会社分割で指定の扱いがどう変わるか、令和6年6月21日の事務連絡による事務の簡素化と実績の通算、廃止届と新規指定のタイミング、利用者と職員の引継ぎ、買い手に見られる書類までをまとめています。

はじめに

障害福祉サービスの事業所を、別の法人に引き継いでもらう。後継者がいない、体調を崩した、他の事業に集中したい、複数事業所のうち一部だけ手放したい——理由はさまざまですが、相談は確実に増えています。

障害福祉のM&Aが一般の会社の売買と違うのは、指定という許認可が中心にある点です。手法の選び方ひとつで、指定がそのまま残ることもあれば、譲受法人が新規指定を取り直さなければならないこともあります。取り直しになれば、加算の要件を満たすための実績や、利用者との契約、職員の雇用まで一つずつ整理が必要です。

この記事では、事業所を手放す側(譲渡側)の視点から、手法の違いと指定の取扱い、行政手続の順序、利用者と職員への対応を整理します。価格の算定や相手探しは仲介会社や会計の専門家の領域なので、ここでは扱いません。譲渡が決まったあとに慌てないための、行政手続と労務の地図として読んでいただければと思います。

この記事のポイント

  • 株式譲渡・持分譲渡は法人格が変わらないため指定はそのまま。役員が変われば変更の届出をする
  • 事業譲渡・合併・会社分割は事業所の運営法人が変わるため、譲受法人の新規指定と譲渡法人の廃止届が必要になる
  • 令和6年6月21日付けの事務連絡により、実質的に継続して運営される場合は指定申請の書類の省略と報酬上の実績の通算ができる
  • 廃止・休止の届出は廃止する日の1か月前まで。新旧の指定に空白の日を作らない段取りが要る
  • 職員の引継ぎは、株式譲渡なら変わらず、事業譲渡は個々の同意、会社分割は労働契約承継法によるという違いがある
  • 買い手が確認する書類は、運営指導で見られる書類とほぼ同じ。日頃の整備がそのまま評価になる
図解1法人格が変わるかどうかで指定の扱いが分かれる

法人格が変わらない

  • 株式譲渡・持分譲渡/株主や社員が入れ替わるだけ
  • 指定はそのまま。事業所番号も変わらない
  • 役員が変われば変更の届出
  • 利用者との契約、職員の雇用もそのまま

運営法人が変わる

  • 事業譲渡・合併・会社分割
  • 譲受法人の新規指定+譲渡法人の廃止届
  • 加算は原則として届出をやり直す
  • 職員は手法に応じて引継ぎの手続きが必要
※どちらに当たるかで、必要な手続きも、引継ぎに要する期間も大きく変わります。手法は税や資金の都合だけでなく、指定の扱いから逆算して決めるのが実務です。

1. 障害福祉のM&Aは「法人ごと」か「事業所ごと」かで分かれる

まず整理したいのは、引き継いでもらうのが法人そのものなのか、特定の事業所だけなのか、という点です。

法人ごと引き継ぐ場合は、株式会社なら株式譲渡、合同会社なら持分の譲渡になります。法人格は変わらないので、指定も、事業所番号も、利用者との契約も、職員の雇用契約もそのまま続きます。行政に対しては、役員が入れ替わったことなどの変更の届出をすることになります。

一方、特定の事業所だけを引き継いでもらう場合は、事業譲渡になります。会社分割という方法もあります。いずれも事業所を運営する法人が変わるため、譲受法人が新たに指定を受け、譲渡法人は事業を廃止する、という組み立てになります。複数の事業所を運営していて、そのうち1つだけを手放したいときは、ここに当たります。

合併は、法人そのものを他の法人に吸収してもらう方法です。消滅する法人が運営していた事業所は、存続法人のもとで運営されることになるため、こちらも運営法人が変わる類型になります。

図解2法人の形態で選べる手法が変わる
株式会社・合同会社株式譲渡・持分譲渡/事業譲渡/合併/会社分割のいずれも選べる
NPO法人持分がないため株式譲渡にあたる手法はない。役員の交代か事業譲渡が中心
社会福祉法人合併の相手は社会福祉法人に限られる。事業譲渡等は所轄庁の関与のもとで進める
※厚生労働省の「合併・事業譲渡等マニュアル」(令和6年9月19日改訂版)は、社会福祉法人が社会福祉法人以外の法人と合併することは認められていないとしています。

2. 法人の形態によって選べる手法が違う

株式会社・合同会社であれば、株式譲渡・持分譲渡、事業譲渡、合併、会社分割のいずれも選択肢になります。実際には、事業所が1つで法人にほかの事業がなければ株式譲渡、複数事業所のうち一部だけを手放すなら事業譲渡、というのが基本の分かれ方です。

NPO法人(特定非営利活動法人)には持分がありません。出資持分を売買するという発想が制度上ないため、株式譲渡にあたる手法は取れません。実務上は、理事などの役員を入れ替えて法人の運営を引き継いでもらうか、事業譲渡で事業所だけを引き継いでもらうかになります。役員の交代は社員総会の決議など法人内部の手続きが前提になり、対価の受け取り方にも制約があるため、早い段階で整理が必要です。

社会福祉法人は、厚生労働省の「合併・事業譲渡等マニュアル」(令和6年9月19日改訂版)が手続きの手引きになります。同マニュアルは、社会福祉法人が他の社会福祉法人と合併することはできるが、社会福祉法人以外の法人と合併することは認められていないとしています。事業譲渡等の場合も、理事会等での目的や相手方法人の経営理念、事業継続に重要な財務的要素の調査分析を経たうえで、定款の変更をはじめとする手続きを踏むことになり、所轄庁への事前相談が前提になります。

3. 株式譲渡なら指定はそのまま残る

株式譲渡や持分譲渡は、法人の株主・社員が入れ替わるだけで、法人格そのものは変わりません。指定を受けているのは法人なので、指定はそのまま続きます。事業所番号も変わらず、国保連への請求も途切れません。利用者との利用契約、受給者証の記載、サービス等利用計画も、そのままです。

行政に対して必要になるのは、主に変更の届出です。障害者総合支援法では、指定事業者は事業所の名称や所在地その他の事項に変更があったときに届け出ることとされており、申請者(法人)の名称、主たる事務所の所在地、代表者の氏名・住所、役員の氏名等が変更の届出の対象になります。株式譲渡では代表者や役員が入れ替わることが多いので、この届出を忘れないようにします。届出の期限は変更があった日から10日以内が原則です。

あわせて確認したいのが業務管理体制の届出です。法令遵守責任者は代表者自身が就いていることも多く、代表者が交代すれば変更の届出が必要です。運営指導や業務管理体制の一般検査では、届出の内容と現在の選任状況が一致しているかが確認されます。

指定が続くということは、過去の指定に伴う責任も引き継がれるということでもあります。譲渡前の期間について報酬の返還が生じれば、返還義務を負うのは同じ法人です。買い手が過去の請求内容を丁寧に確認するのはこのためで、譲渡側としても、過去に指摘や返還があった場合は隠さず開示しておくほうが、あとの紛争を避けられます。

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図解3運営法人が変わるときの行政手続の並び
① 指定権者へ事前相談簡素化の対象になるか、書類と期限を確認する
② 譲受法人が指定申請指定を受けたい月の前月◯日までなど、締切は指定権者ごとに違う
③ 譲渡法人が廃止届廃止する日の1か月前までに提出
④ 月初1日で切替え末日廃止・翌月1日指定で空白の日を作らない
※指定申請の締切より、廃止届の1か月前ルールのほうが先に来ることがあります。逆算の起点は「引継ぎたい月の初日」に置くと組み立てやすくなります。

4. 事業譲渡・合併・分割は新規指定と廃止届の組み合わせ

事業譲渡、合併、会社分割では、事業所を運営する法人が変わります。指定は法人に対して行われているため、譲受法人が新たに指定を受け、譲渡法人は事業を廃止するという組み立てになります。指定がそのまま横滑りするわけではない、という点がいちばんの分かれ目です。

ここで注意したいのが日付の合わせ方です。譲受法人の指定は月の初日付けで行われるのが通例で、指定申請の締切は「指定を受けたい月の前月◯日まで」「前々月の末日まで」など、指定権者によって異なります。一方、譲渡法人の廃止届は廃止する日の1か月前までに提出しなければなりません。末日で廃止し、翌月1日から新しい指定が始まる形に揃えるのが基本で、1日でも空白ができると、その期間はサービスを提供しても報酬を請求できません。

新規指定である以上、加算の体制届も出し直しになるのが原則です。処遇改善加算、送迎加算、福祉専門職員配置等加算など、算定している加算を一覧にして、新法人の名義で届出をやり直す前提でスケジュールを組みます。ここを見落とすと、譲渡の翌月から加算だけが止まる、ということが起こります。

なお、指定は物件と設備にも紐づいています。賃貸物件であれば、賃貸借契約の名義変更や再契約について、貸主の承諾が要ります。契約書の名義が旧法人のままだと、指定申請の添付書類として使えません。物件と消防の書類は、行政手続と並行して早めに動かしておきたいところです。

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図解4簡素化で省けるもの・別に必要なもの

省略できるとされているもの

  • 事業所の名称および所在地
  • 申請者の名称、主たる事務所の所在地、代表者に関する事項
  • 事業所の平面図
  • 管理者・サービス提供責任者に関する事項
  • 運営規程、苦情を処理するために講ずる措置の概要
  • 従業者の勤務体制および勤務形態、誓約書 など

それでも必要なもの

  • 法人格が変わったことが分かる登記事項証明書等
  • 譲渡法人の廃止届
  • 変更があった部分の書類
  • 指定権者への事前相談
※「障害福祉サービス事業者等の吸収合併等に伴う事務の簡素化について」(令和6年6月21日付け事務連絡)の別紙による整理です。実際にどこまで省略できるかは、指定権者の判断になります。

5. 令和6年6月21日の事務連絡による事務の簡素化

新規指定を取り直すといっても、まったくの新設と同じ手間をかける必要はありません。厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課とこども家庭庁支援局障害児支援課は、令和6年6月21日付けで「障害福祉サービス事業者等の吸収合併等に伴う事務の簡素化について」という事務連絡を発出しています。

対象になるのは、吸収合併、吸収分割、新設合併、新設分割、事業譲渡により事業所の運営法人が変更となる場合で、施設・事業所の職員に変更がない等、その前後で事業所が実質的に継続して運営されると認められる場合です。人員も設備も利用定員も変わらず、看板の法人名だけが変わる——そういう引継ぎであれば、柔軟に取り扱ってよい、という趣旨です。

具体的には、法人格以外に変更がない場合、指定申請にあたって法人格が変更したことが分かる登記事項証明書等を提出すれば差し支えないとされています。事業所の名称・所在地、申請者に関する事項、平面図、管理者に関する事項、運営規程、苦情処理措置の概要、従業者の勤務体制および勤務形態、誓約書などは、提出を要しないものとして整理されています。指定権者によっては、事前協議の省略や郵送による申請を認めているところもあります。

利用者側の手続きについても踏み込んだ整理がされており、会社法に基づき旧法人の権利義務を承継する場合には、利用契約の再締結を不要とするサービス等利用計画の変更を不要とするといった取扱いが示されています。利用者や相談支援専門員の負担を増やさないための配慮です。

ただし、これは「該当すれば自動的に適用される」制度ではありません。実質的に継続して運営されると認められるかどうかを判断するのは指定権者です。手法を決めた段階で、どこまで簡素化されるのか、どの書類が必要になるのかを、必ず事前に確認してください。

6. 実績の通算で加算が切れないようにする

同じ事務連絡で、譲渡側にとっていちばん実利が大きいのが報酬上の実績の通算です。新規指定を取り直すと、形式的には「開設したばかりの事業所」になってしまいます。そうすると、過去の実績を要件とする加算や基本報酬の区分が、いったんゼロから積み直しになりかねません。

事務連絡では、吸収合併等の前後で実質的に継続して運営されると認められる場合には、障害福祉サービス等報酬上の実績を通算することができるとされています。例として挙げられているのは、就労移行支援の基本報酬における就職後6か月以上の定着率福祉専門職員配置等加算における職員の勤続年数、特定事業所加算定員超過利用減算福祉・介護職員等処遇改善加算といった項目です。

ここで大切なのは、通算を求めるなら過去の実績を示す資料が残っていることが前提になる、という点です。勤続年数であれば雇用契約書と賃金台帳、定着率であれば就労先ごとの記録、平均工賃月額であれば工賃の支払記録。譲渡の話が出てから探し始めると間に合わないことがあります。日頃の書類整備が、そのまま譲渡後の報酬に効いてくる部分です。

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7. 廃止・休止は1か月前までの事前届出

譲渡側の手続きで最初に押さえるべきなのが、廃止届の期限です。障害者総合支援法では、指定に係る事業を廃止し、または休止しようとするときは、その廃止または休止の日の1か月前までに届け出なければならないとされています。事後の報告ではなく、事前の届出です。再開したときは10日以内の届出になります。

指定権者によっては、廃止届に利用者への対応記録や個別面談の記録の添付を求めています。利用者一人ひとりに、いつ、誰が、どのように説明し、引継ぎ後のサービスをどう確保したかを残しておく必要がある、ということです。契約の相手方が変わる話なので、口頭で伝えて終わりにはできません。

スケジュールの組み方としては、引継ぎたい月の初日を起点に逆算するのが確実です。たとえば4月1日から新法人での運営を始めるなら、譲渡法人の廃止日は3月31日、廃止届はその1か月前である2月末日までに提出。譲受法人の指定申請は、指定権者の締切に合わせてさらに前倒しになります。基本合意や契約の締結時期も、この行政手続の日程から逆算して決めることになります。

なお、株式譲渡の場合は事業を廃止しないので、この廃止届は不要です。手法の違いが、そのままスケジュールの長さの違いになります。

8. 利用者への影響と便宜の提供義務

事業を廃止・休止する事業者には、便宜の提供義務があります。引き続き相当するサービスの提供を希望する利用者に対して、必要な障害福祉サービスが継続的に提供されるよう、他の指定事業者その他関係者との連絡調整その他の便宜の提供を行わなければならない、とされています。M&Aの場合は譲受法人が同じ場所で運営を続けるため、実質的な引継ぎ先は決まっていますが、説明と同意の手続きを省いてよいわけではありません

簡素化の対象になり、会社法に基づいて旧法人の権利義務が承継される場合は、事務連絡により利用契約の再締結が不要サービス等利用計画の変更も不要とされています。この場合でも、運営主体が変わったことと、重要事項説明書の記載(法人名、代表者、苦情の受付窓口、緊急時の連絡先など)が変わることは、利用者と家族に説明しておく必要があります。

簡素化の対象にならない場合は、新法人との利用契約の締結からやり直しになります。受給者証の事業所欄の記載、相談支援事業所との調整、支給決定の手続きなど、市町村を巻き込む作業が発生します。利用者が数十人いる事業所であれば、これだけで相応の時間がかかるので、譲渡日から逆算して説明会や個別面談の日程を先に押さえます。

いずれの場合も、説明した事実を記録に残してください。前述のとおり、廃止届の添付書類として利用者対応の記録を求める指定権者もあります。「誰に、いつ、何を説明し、どう応じてもらったか」を一覧にしておくと、そのまま提出資料になります。

図解5職員の引継ぎは手法で扱いが変わる
株式譲渡・持分譲渡雇用主は同じ法人のまま。雇用契約はそのまま続く
事業譲渡雇用主が変わるため、職員一人ひとりの同意が要る。転籍に応じない選択もありうる
会社分割労働契約承継法により、承継の対象や協議の手続きが定められている
※事業譲渡では、譲受法人と改めて雇用契約を結ぶのが原則です。勤続年数、有給休暇の残日数、退職金の算定期間をどう扱うかは、譲渡契約と個別の労働条件通知書で明確にしておきます。

9. 職員の引継ぎは手法によって扱いが違う

障害福祉の事業所は、人がいなければ運営できません。指定基準を満たす人員がそろっていることが指定の前提である以上、職員が残るかどうかは、そのまま譲渡の成否に直結します。

株式譲渡・持分譲渡では、雇用主である法人が変わらないため、雇用契約はそのまま続きます。就業規則も、有給休暇の残日数も、勤続年数もそのままです。職員から見れば、経営者が交代したという変化になります。

事業譲渡では、雇用主が変わります。使用者は労働者の承諾を得なければその権利を第三者に譲り渡すことができないため、職員一人ひとりの同意を得て、譲受法人と新たに雇用契約を結ぶのが原則です。つまり、職員には「移らない」という選択肢もあります。中核となるサービス管理責任者や児童発達支援管理責任者が移らなければ、譲受法人は指定基準を満たせません。ここが事業譲渡でいちばん神経を使う部分です。

会社分割の場合は、会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(労働契約承継法)が適用され、承継される事業に主として従事する労働者の取扱いや、労働者との協議、通知の手続きが法律で定められています。手続きを踏まなかった場合の効果も含めて枠組みが決まっているため、専門家を入れて進めるのが安全です。

説明のタイミングも重要です。早く伝えすぎれば離職を招き、遅すぎれば不信を招きます。実務では、基本合意の段階では管理者など一部にとどめ、契約の締結後に全体へ説明する、という進め方が多くとられます。いずれにしても、譲渡後の労働条件がどうなるかを示せない段階で伝えないことが基本です。

10. 社会保険・労働保険と就業規則の手続き

雇用主が変わる手法(事業譲渡・合併・会社分割)では、社会保険と労働保険の手続きが発生します。譲渡法人では被保険者資格喪失届、譲受法人では新規適用や被保険者資格取得届。雇用保険も同様で、離職ではなく転籍として処理するのか、いったん離職としてから再取得するのかで、必要な書類も職員への影響も変わります。

労働保険は、年度途中で事業主が変われば概算・確定保険料の精算が必要です。労災保険の成立手続きも譲受法人側で必要です。給与計算の締め日・支払日が新旧で異なる場合は、切替月の給与をどちらの法人がどの範囲で支払うのかを決めておかないと、社会保険料の控除や年末調整で混乱します。

就業規則、賃金規程、36協定は、法人が変われば新法人のものを適用することになります。常時10人以上の労働者を使用する事業場であれば、新法人名義での就業規則の届出が必要です。36協定も締結し直しになるため、切替日以降に時間外労働をさせるのであれば、届出の日付が空かないようにします。

処遇改善加算を算定している場合は、就業規則・賃金規程の内容がキャリアパス要件に直結します。新法人の規程が旧法人と違う内容になるのであれば、加算の要件を満たしたままかどうかを、切替前に必ず確認してください。

11. 買い手が見る書類は運営指導で見られる書類と重なる

買い手は、事業所を買うと同時に過去のリスクも引き受ける可能性があります。そのため、確認される書類は、運営指導で見られる書類とほとんど同じです。譲渡を考え始めたら、運営指導の準備をするつもりで書類を並べておくと、そのまま対応できます。

よく確認されるのは、指定申請書と体制届の控え、算定している加算の要件を満たしていることが分かる資料、個別支援計画とアセスメント・モニタリングの記録です。ほかに、勤務形態一覧表と出勤簿、就業規則・賃金規程、処遇改善加算の計画書と実績報告、過去の運営指導の結果通知と改善報告書、報酬返還や過誤調整の履歴も確認されます。就労継続支援であれば就労支援事業会計の書類も対象になります。

労務では、未払い残業代の有無、年次有給休暇の取得状況と残日数、社会保険の加入漏れがないかが見られます。ここは金額に直結する論点で、発見されれば価格の調整や、譲渡契約での表明保証の対象になります。

逆に言えば、整った書類は交渉材料になります。加算の要件が資料で裏づけられていること、指摘を受けた事項が改善済みであること、労務が整理されていることは、買い手にとってそのままリスクの小ささです。書類の整備は運営指導のためだけの作業ではない、ということです。

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12. 価格そのものより、価格の前提が崩れないようにする

価格の算定や相手探しは、M&A仲介会社や会計の専門家が担う領域です。ここでは触れませんが、譲渡側として知っておきたいのは、提示された価格が何を前提にしているかという点です。

障害福祉の事業所の評価は、多くの場合、直近の利用者数と稼働率、算定している加算、人員体制の安定度をもとに、将来の収益を見積もって計算されます。つまり、加算が止まれば前提が崩れ、職員が辞めれば前提が崩れます。譲渡の話が進むあいだに主要な職員が離職したり、体制届の出し忘れで加算が止まったりすれば、いったん合意した条件が見直されることになります。

譲渡側が価格のためにできることは、値段の交渉よりも、引継ぎの日まで平常運転を保つことです。運営指導で指摘を受けない状態を維持し、加算の要件を落とさず、職員に不安を持たせない。地味ですが、これがいちばん効きます。

なお、仲介会社を利用する場合は、中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」が遵守を求める事項(手数料の体系や算定根拠の明示、専任条項の期間、テール条項の範囲など)を確認しておくと、契約内容を判断しやすくなります。各都道府県には事業承継・引継ぎ支援センターも置かれています。

図解6譲渡側のスケジュール(事業譲渡の場合)
① 準備・棚卸し指定内容、算定加算、契約書、労務、過去の指摘を整理する
② 相手方の選定・基本合意手法を決め、指定権者に事前相談。ここで日程が固まる
③ 調査・契約書類の開示、条件の確定、譲渡契約の締結
④ 行政手続・引継ぎ指定申請と廃止届、利用者・職員への説明、月初1日で切替え
※④の行政手続だけで2〜3か月かかることがあります。①の棚卸しは、相手が決まる前から始められる唯一の工程です。

13. 譲渡側のスケジュール

全体の流れは、①準備・棚卸し、②相手方の選定と基本合意、③調査と契約、④行政手続と引継ぎ、という順に進みます。障害福祉のM&Aで特徴的なのは、④の行政手続に読めない時間がかかることです。

指定申請の締切は指定権者によって異なり、指定を受けたい月の前月10日まで、前々月の末日まで、といった運用があります。事前相談や事前協議を求められることもあります。廃止届は1か月前まで。これらを重ねると、契約から実際の切替までに2〜3か月を見ておく必要があります。

反対に、①の棚卸しは、相手が決まっていなくても今日から始められます。指定を受けている内容と現状が一致しているか、変更届を出し忘れていないか、算定している加算の要件が資料で説明できるか、就業規則と実際の労働条件が合っているか。ここが整っていれば、話が動き出したときのスピードがまったく違います

そして、譲渡が決まっても運営は最後の日まで続きます。切替の月に運営指導の通知が届くこともあります。引継ぎの準備と日々の運営を並行させることになるので、担当を分けて、行政手続は外部に任せるという判断も現実的です。

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よくある質問

Q
事業所を譲渡すると、指定はそのまま引き継がれますか。
A

手法によって変わります。株式譲渡・持分譲渡は法人格が変わらないため指定はそのまま続きます。事業譲渡・合併・会社分割は事業所を運営する法人が変わるため、譲受法人が新たに指定を受け、譲渡法人は廃止届を提出することになります。

Q
新規指定を取り直すと、加算の実績はゼロからやり直しですか。
A

令和6年6月21日付けの事務連絡により、前後で事業所が実質的に継続して運営されると認められる場合は、報酬上の実績を通算できるとされています。例として、就労移行支援の基本報酬における就職後6か月以上の定着率、福祉専門職員配置等加算の勤続年数、特定事業所加算、定員超過利用減算、福祉・介護職員等処遇改善加算が挙げられています。

Q
廃止届はいつまでに出しますか。
A

事業を廃止または休止する日の1か月前までです。事後の報告ではなく事前の届出で、再開したときは10日以内の届出になります。指定権者によっては、利用者への対応記録や個別面談の記録の添付を求めています。

Q
利用者と契約を結び直す必要はありますか。
A

会社法に基づき旧法人の権利義務を承継する場合には、事務連絡により利用契約の再締結を不要とする、サービス等利用計画の変更を不要とする、という取扱いが示されています。これに当たらない事業譲渡では、新法人との契約締結と受給者証・相談支援事業所との調整が必要です。どちらになるかは指定権者に確認してください。

Q
職員は自動的に譲受法人へ移りますか。
A

事業譲渡では自動的には移りません。雇用主が変わるため、職員一人ひとりの同意を得て、譲受法人と新たに雇用契約を結ぶことになります。株式譲渡なら雇用主が変わらないためそのまま、会社分割なら労働契約承継法の枠組みで処理されます。

Q
NPO法人や社会福祉法人でも譲渡はできますか。
A

持分がないNPO法人には株式譲渡にあたる手法がなく、役員の交代か事業譲渡が中心になります。社会福祉法人は、厚生労働省の合併・事業譲渡等マニュアルにおいて、社会福祉法人以外の法人との合併は認められていないとされています。いずれも法人内部の決議と所轄庁の関与が前提になるため、早い段階での相談が必要です。

Q
譲渡までにどれくらいの期間がかかりますか。
A

相手方や条件によりますが、契約の締結から実際の切替までだけでも2〜3か月を見ておくのが安全です。指定申請の締切が指定を受けたい月の前月や前々月に設定されていること、廃止届が1か月前までであることが理由です。相手探しから数えると、さらに時間がかかります。

Q
過去に運営指導で指摘を受けています。譲渡に影響しますか。
A

指摘があったこと自体より、改善が済んでいるかどうかが見られます。結果通知と改善報告書、報酬返還や過誤調整の記録を整理して開示できる状態にしておくほうが、隠すより評価されます。株式譲渡では法人が同じままなので、過去の責任もそのまま引き継がれる点に注意してください。

まとめ

譲渡側の視点で、要点を整理すると次のとおりです。

  • 手法は税や資金の都合だけでなく、指定の扱いから逆算して選ぶ
  • 株式譲渡は指定がそのまま、事業譲渡・合併・分割は新規指定と廃止届の組み合わせ
  • 実質的に継続して運営される場合は、令和6年6月21日付け事務連絡により書類の省略と実績の通算ができる
  • 廃止届は1か月前まで。末日廃止・翌月1日指定で空白の日を作らない
  • 利用者には便宜の提供義務がある。説明した記録を残す
  • 職員は事業譲渡では自動的に移らない。サビ管・児発管が残るかが最大の論点
  • 買い手が見るのは運営指導で見られる書類。日頃の整備がそのまま条件になる

障害福祉のM&Aでつまずくのは、値段の交渉よりも、行政手続の日程と、人の引継ぎです。指定は許認可であり、日付を1日でも間違えれば報酬が請求できません。そして、職員が残らなければ、買い手はそもそも指定基準を満たせません。この2つを押さえておけば、譲渡の話は現実的に進められます。

当法人では、譲渡・譲受にあたっての指定手続(新規指定申請、変更届、廃止届、体制届の出し直し)、加算の要件の確認、就業規則・雇用契約の整理、社会保険・労働保険の切替まで、行政書士と社会保険労務士が連携して対応しています。価格の算定や相手方の紹介は行っていませんが、仲介会社が入っている案件の行政手続部分だけを引き受けることもできます。

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障害福祉リーガルパートナーズは、障害福祉サービスに専門特化した行政書士法人です。代表の永野将太は行政書士と社会保険労務士の資格を併せ持ち、指定申請から日々の運営、労務管理までをひとつの窓口でご相談いただけます。

静岡・神奈川・愛知を中心に、オンラインで全国に対応しています。「この手法だと指定はどうなるのか」「廃止届と新規指定の日付をどう合わせるか」「職員の引継ぎで労務上なにを整えるか」といったご相談を承っています。価格の算定や相手探しは行っていませんが、譲渡・譲受が決まったあとの手続と労務は一式でお引き受けします。

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※この記事は、「障害福祉サービス事業者等の吸収合併等に伴う事務の簡素化について」(令和6年6月21日付け厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部障害福祉課・こども家庭庁支援局障害児支援課事務連絡)、障害者総合支援法および同法施行規則、厚生労働省「合併・事業譲渡等マニュアル」(令和6年9月19日改訂版)、中小企業庁「中小M&Aガイドライン」をもとに整理したものです。制度や取扱いは変更されることがあり、指定申請や届出の締切、簡素化の適用範囲は指定権者によって異なります。実際の手続きにあたっては、指定権者および所轄庁の最新の案内をご確認ください。

執筆者 永野将太(行政書士・社会保険労務士)
執筆者WRITER
永野 将太
行政書士法人 障害福祉リーガルパートナーズ 代表

障害福祉分野に専門特化し、行政書士・社会保険労務士の資格を活かして、指定申請・開業支援から、人員配置、加算・減算、処遇改善加算、運営指導対応、労務管理まで幅広く支援しています。

これまで5,000件を超える相談に対応。法令・通知・行政実務を踏まえながら、制度上の正しさだけでなく、実際の事業所運営まで見据えた実務的な情報発信を行っています。